うちの旦那はオネエさま

地方在住、ホモのひとりごと

あたりまえというシアワセ

平日の夜8時

私は関西のとある駅前にいた

県庁のある駅から数駅なのに、

周囲には繁華街らしきものも見当たらず、

ただただ静寂と暗闇が広がっていた

 

電車が着いた瞬間だけは多くの人の姿を見るが、

浮足立った表情を見ることはなく、

無言のままみんな闇の中へと消えていく

 

私はコンビニの前でぼんやりとタバコを吸いながら

友人の到着を待つ

そんな時、旦那からメールが入る

「今日はこれから◯◯屋(ラーメン屋)に行ってくる」

 

私は旦那が大好物のそのラーメンがまったく口にあわないので、

以前は無理して付き合っていったが

もう一緒に行くことはない

かといって私が好きなラーメン屋は、

旦那の好みではない

 

一緒に暮らしているが外食に関してはまるっきり好みが違うから、

外食をする店なんて焼き鳥、焼き肉、バイキングのいずれかで、

もはや他の選択肢は一切ない、それが我が家の現状

今宵は存分に自分が好きなものを食べればいいし、

ひとりの時間を満喫してほしい

 

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しばらくしていると目の前に

見慣れた男が現れた

 

家族と会社を放り出して姿を消した男

死んでいるとまで思った男が、

私の目の前にいる

 

久しぶり、とかそんな言葉もなく、

「寒いな」と昨日の続きみたいなやりとりがあり、

「腹減った」と人懐っこそうな笑みを浮かべて

ニンマリ笑う

 

その表情はやけにスッキリしていて、

出会った頃の二十数年前に戻ったような、

そんな気すらしてくる

そうそう、この男、

昔はこうして「人懐っこそうな」笑みを浮かべていたのだ

 

それは彼が持って生まれた天然の性分みたいなもので、

田舎で事業を起こし、

拡大していった武器になっていった

 

けど、年を重ね、事業が拡大するにつれ、

彼の表情からは「人懐っこさ」が消えていたのだな、

そんなことを今となってはぼんやり思う

急激に事業が軌道に乗り出したあたりから

 

唯一駅近くにあった居酒屋に入って、

ビールで乾杯した

 

こうして彼と2人きりで飲むのも、

下手すりゃ20年ぶり、くらいかもしれなかった

飲みに行くことはあれど、

彼の隣には嫁さんの姿があったし、

彼の仕事の応援に行っていた時も、

必ず職場の誰かがいた

 

ぐびぐびと互いに生ビールを飲み干して、

「久しぶりだわ、生ビール、サイコー」

と同じタイミングでおかわりした

ほんといい表情で酒を飲む男だ、私は思う

 

とはいえ

あまりにもスッキリして見えるもので、

私は何だか拍子抜けしていた

 

「俺は死に場所を捜してるんじゃないか、そう思ってた」

私は正直に言った

「あのままあそこにいたら、俺は死んでいた」

彼は言った

「生きるためには、こうするしかなかった」

とも言った

 

つまみのポテサラをほおばり、彼は続けた

 

「ここ十年くらい、全然休みもなかったのもあるけれど、ちょっとでいいから1人の時間が欲しかったんだよな、今になって気付いたんだけど」

 

プライベートなど一切存在しない田舎暮らしに、

自分で気づかぬうちに追い詰められていた、とも言う

 

「飯食いに行っても病院行っても役場行ってもスーパー行っても知り合いばっかり。うちの家族のこととか仕事のこととかみんな知ってる。それがあたりまえだと思ってきて、それが異常なことだと考えるヒマすらなかった」

 

とにかく一切、1人で考える、過ごす、そんな時間がない

職住近接だから通勤時間すら、ない

休みらしい休みは集落の行事や何だらで忙殺される

 

「俺はずっと嫁さんと一緒に仕事して、それが理想だと思ってやってきたンだけど、実は全然違ってたンだよな。自分は結局街の人間で、田舎暮らしがあってなかったンだわ、きっと」

 

驚くほど、あっけらかんとした言い方だった

 

「あそこにだけは戻りたくない。近づきたくない」

とまで言い切った

「家族は別だけど」

とも言う

 

それにしてもすさまじい生命力である、とは思う

身ひとつで飛び出して、

誰ひとり知人のいないこの街で仕事を見つけ、

新たな生活を送っているのだ

 

互いに数杯のジョッキをあけ、

熱燗に移行した

久しぶりの再会だ

限られた時間、いつまでも辛気臭い話をするつもりもないのは

お互い様だった

 

私たちは昔の思い出話に花を咲かせつつ、

大いに笑い、よく飲んだ

 

「そういや弟がさ、おまえのこと心配してたぞ」

などと友人が言う

彼の義理の弟は、学生時代に私の職場でバイトをしていた

今も1年か2年に一度くらいだけど、

たまに会うしメールのやりとりもある

 

「誰かと住んでるのに何で結婚しないンだろ、実はゲイなのかな、なんて言うからさ、そうやでって言ったら唖然としてたわ。言ってよかったか?」

大いに結構(笑)

何となく弟の素っ頓狂な表情が思い浮かんできて、

吹き出してしまう

今度会ったらお互いにどんな顔をするのだろう

 

2時間ほどさんざん飲んで、お開きにした

「泊まっていけばいいのに」

と彼は言ったが布団がある訳でもないと思い、

私はホテルを取っていた

 

改札口で「またな」と別れ、

私は電車に乗った

 

そのタイミングで旦那からメールが届く

さぞかし1人の夜を満喫しているのかと思えば、

案外そんなもんでもなかったらしく、

「帰ったら電気がついてるとか、ご飯があるとか、あたりまえのことがあたりまえじゃないって、こんな不安なことだったとは思わなかった」

そんな内容

 

おおげさな、と思う反面、

「あたりまえ」って、

さっきの友人との会話でも何度かでてきた言葉だな、と思った

 

「あたりまえ」って

実はとてもシアワセなことなんだ、

そんなことに多くの人間は気づかないのよな、

 

「あたりまえ」のようにご飯を食べて、

「あたりまえ」のように仕事して、

「あたりまえ」のようにお給料もらって、

「あたりまえ」のようにスイッチいれれば電気がついて、

「あたりまえ」のように水道ひねれば水が出る

 

そして、

「あたりまえ」のように旦那なり嫁がいる

 

そんな日常がいかにシアワセなことか、

つい人間というのは忘れてしまい、

あれこれ欲が出てしまうものだけど

「あたりまえ」じゃなくなった時、

「あたりまえ」の重みを知る

 

でも、それがきっと、成長するってことなんだと思う

成長したら、

またそれが「あたりまえ」になる

多分、人生なんてそんなことの積み重ね

 

そんな思いを念頭に起きつつ、

ホテルに入った私は

友人の嫁さんに報告のメールを打つ

 

彼女にしてみればいきなり旦那が出ていったのだ

あたりまえの日常、

それが不意に途切れた

 

さらに田舎の恐ろしいところは、

その事実を周囲のみんなが知っているということで、

友人の気持ちも分かる反面、

嫁さんの気持ちを思うと、

やはり何だかやりきれない部分も、ある

 

傷つかない言葉を慎重に選びつつ、

何度か削除を繰り返す

 

彼のやったことは

世間一般的には失格かもしれないけれど、

男としては、ひとりの時間を持ちたいっていうのは、

自分も男として

何だか非常に分かるのです、

これまで順調にやってきた分、

彼はちょっと立ち止まって、

ひとりになって考えている、そんな感じじゃないかな、

 

ちょっと長くなったが

そんな内容のメールを送信した

 

しばらくして、

随分長い内容の返信があった

これまでにやりとりした内容とは違い、

何だか前向きな言葉が並んでいて、

少しばかりホッとした

 

私が心配するまでもなく、

この夫婦ならきっと乗り越えていけるんだろうな、

不思議とそんな楽観的な気持ちにもなった

 

何だかんだいっても、

あなたがたはウチらホモカップルからみても

理想の夫婦なのよ(笑)

 

で、

この日泊まったホテルが実に広々快適で、

朝まで熟睡、朝食バイキングも非常に美味

朝からご飯を3杯も食べてしまう

 

旦那には申し訳ないけれど、

私だってたまにはひとりで過ごしたい(笑)

 

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