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うちの旦那はオネエさま

地方在住、ホモのひとりごと

一緒にまたお酒が飲めたら、それでいい

私はホモだが女性の出産に立ち会ったことがある

 

今から15、6年前の話だ

私は当時、とある港町の飲食店で働いていた

仕事を終えて帰ろうとしたら、

友人から電話があり、

「すまんが病院に連れて行ってくれ」

などと言う

 

「もう、子供生まれそうなんだって。でも、俺、今日酒飲んじゃっててさ」

 

私は1時間ほど車を走らせて、

友人の家に向かった

友人はすっかりへべれけになっており、

私は友人を助手席に押し込んで、

再び1時間ほど車を走らせ、

町の助産院へと向かった

 

「俺もついに父親だよ、ついに」

車内でそう延々と話していたことを

何だか昨日のことのように覚えている

 

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友人が脱サラし、田舎で起業して3年目だった

しょっちゅう家にも泊めてもらってたし、

いつも笑えるほど酒ばかり飲んでいた

嫁さんも明るい子で居心地がよかった

 

苦労も多かっただろうが、

2人して力をあわせて生きていくっていい姿だよなー、

私は傍から見てていつもそう思ってた

そんな2人に、子どもが、できる

 

助産院に着いて、

友人は嫁さんの元に行き、

私はたぶん待合室かどっかにいたはずなのだが、

どういう理由でそうなったのかさっぱり理解不能なのだが、

なぜか私はこの友人に産室に連れ込まれたのである

 

うすぐらい部屋の中で嫁さんは声を張り上げていた

出産というのはこんなに苦しい行為なのか

私は息を飲むしかなかった

そして、女の子が生まれた

 

その時私は出産というのは、

赤ん坊が出て来るだけではなくて、

胎盤というものも出てくることを知った

妙に神秘的なものだな、と思ったような気がする

 

私はその後、まったく別の町で働きだしたので、

この家族と会うのもせいぜい年に1回とか、

そんな程度だった

 

友人の会社の規模が年々大きくなっていったのは

年に1回しか会わないからこそ

実感できるものがあった

 

「借金だらけで大変だよ」

友人はいつも日に焼けた顔でそう言っていたが、

何せ充実した日々を送っているようにみえた

 

それからしばし時がたち、

私は旦那の転勤により、

この友人一家が暮らす県にやってきた

 

ただ、同一の県といっても端っこと端っこなので、

以前のようにたびたび会うという訳にもいかないのだが、

繁忙期なんかは泊りがけで手伝いに行ったりはしていた

 

私はこの夫婦にカミングアウトしているので、

まあ、気楽な相手といえば気楽な相手である

旦那が不在の時も、

私は嫁さんの料理を手伝ったりしながら、

女子トークを楽しんだりしている

 

彼女が産んだ赤ん坊も、

いまや高校生だ

素直でいい子である

私のことを「ちゃん付け」で呼ぶ

 

ただ、今年は自分がわたわたしてたもんで、

夏から何度も手伝いを頼まれてはいたが、

残念ながら一度も会っていない

 

3週間ほど前、

友人から「うちの近所の家買わないか」そんな連絡があった

「うちは旦那が田舎暮らしは無理だって言ってるし」

そんな話をしたら

「けど、まあ、一度旦那連れて見に来いよ、お値段なんと100万円。超お買い得物件」

 

100万円の家、に惹かれて、

つい、「どの家よ」なんて聞いてしまい、

「うちの手前に寺があるだろ、あの斜め前の家」

話を聞きながらグーグルのストリートビューを立ち上げて、

「この家が100万円かよ」

そんな感じで盛り上がっていたのだ

それが3週間前のこと

 

2週間前、

嫁さんから「最近、旦那から連絡あった?」なんてメールがきた

「こないだ近所の家買えって言ってきた」

そんな返信をしたら

「最近、ちょっと色々あって落ち込んでたんだけど、いなくなったの。携帯も置きっぱなし」

 

何だか嫌な予感はしたのだが、

携帯も持たずとなると、

連絡のしようもなければ、

探すあてもない

 

私は人生において、

たびたび大きな失敗をしている

 

最大の失敗は「店でも持とうかな」なんて考えた時で、

かなり時間をかけて物件を探して、

やっと手頃な物件を見つけて、

厨房機器の業者さんや、

内装屋さんとも話してたのに、

ツメが甘くて全部流れた

 

誰が悪い訳でもなく、

自分が悪い

 

ものの見事にすっからかんになり、

生きていてるのも嫌になって

何度も死にたいよ、

なんて思ったが死ぬ勇気もない

 

家財道具一式を軽のワンボックスに積んで

実家に帰る途中、

今住んでる県の

海沿いの道でタイヤがバーストして、

くるりと回転しながら山側のコンクリートに突っ込んだ

 

ちなみに海側は100メートル以上ある

断崖絶壁で、

ガードレールを突き破っていたら

まちがいなく死んでいたと思われる

 

事故処理に来てくれた警官に「無職です」って言ったら

「ああ、本当に無職なんですね」

と積んだ家財道具を見ながら言われたことが

やけに記憶に残っている

 

唯一の財産といえたクルマも廃車になり、

本当の意味で私はすっからかんになった

みじめだったし、

何でこのまま海側に突っ込まなかったのだろうと

ぼんやり思った

 

その時に迎えにきてくれたのが、

この友人だった

 

みじめでどうしようもなかった自分を

決して励ますわけでもなく、

何事もなかったかのように馬鹿話をしながら

家へと連れて行ってくれた

 

嫁さんも「あー久しぶりやねー」と、

いつものように迎えてくれた

そして、いつものように馬鹿話をしながら、

酒を飲んだ

 

あの時のありがたさというか、

感謝の気持ちを、

私はいまだに忘れたことはない

 

精神的にも金銭的にも

何もかもどん底だったのに、

「何とかなるわ」

そう思えたのは、

さまざまな困難を乗り越えてきた

この友人夫婦の存在があったからこそだ

 

今は同一の県に住んでるもので、

地元のテレビ番組や新聞で

ときどきこの友人が取り上げられるのを

お見受けしたりする

 

彼など田舎移住の先駆けみたいな存在だから、

彼の話を聞いて移住してきた、

なんて方も実際にいる

 

そんな姿を見るたびに、

私はこんな友人を持てたことを誇りに思っている

 

だからこそ、

だからこそ、

 

突然「いなくなった」と知り、 

何やってんだよ、

そんなふうに思う

 

どこで、何やってんだよ、

不安より怒りに近いものがあった

 

なあ、どこで、

何をやってんだよ

ちゃんと飯食ってんのか、

 

それよかちゃんと

生きてるのか、、、

 

私は、正直言って

「あいつに限ってまさか」

なんて思いつつ、

友人は死んでいるのではないかと

ずっと不安な日々を送っていた

 

この2週間、

嫁さんから何か悪い知らせでもあるのではなかろうかと、

携帯を手にするのも怖かった

 

友人の嫁さんから連絡をもらったのは

昨日の夜のことだ

私はその時駅にいて

旦那が迎えにきてくれるのを待っていた

 

もう、帰ってこないみたい、と

電話番号が添えられていた

関西のとある町にいる、とのこと

 

「生きてて良かった」

そうメールした

 

ほどなくして

「あのままだったら死ぬしかなかった」

そんな返信があった

 

生きていた、

無事に生きていた、、、

 

この2週間、

張り詰めていたものが

プツリと切れて、

前身の力がへなへなと抜けていく、

そんな感触があった

 

私ですらこんな調子なのだ

嫁さんなんていったいどんな思いだったのだろう

子どもだってどんな思いだったのだろう

 

喜びと怒り、

様々な思いが交錯してくる

 

私は立っているのもやっとで、

近くのベンチに座った

 

どうしようもない馬鹿な男だ

ほんとうに、

どうしようもない馬鹿な男だ

ほんとうに、

 

ただ、

そんな馬鹿な男でも、

「生きる」選択をしてくれた

 

ホッとして、

嬉しかったのに、

何だか涙がとまらなくなる

 

「また、酒飲んで、バカ話できるかな」

そうメールしたら

「こっちで待ってる」

そんな返信があった

 

何があったなんて聞くつもりもない

別に元気付けるつもりもない

帰って来いなんて言う気もない

 

おまえさんは私の数少ない友人の1人だ

いつも私が失敗しても

笑って「何とかなるわ」と言ってくれたではないか

 

おまえさんが生きてりゃそれでいい

一緒にまたお酒が飲めたらそれが嬉しい

 

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