うちの旦那はオネエさま

地方在住、ホモのひとりごと

僕はホモだけど、日本に生まれてよかったと思う

東京都渋谷区の同性パートナー証明をきっかけに、同性愛者やトランスジェンダーなど性的少数者(LGBT)への対応に注目が集まっている。

参院選の公約では、野党が差別解消のための法整備をうたっているのに対し、自民、公明両党は理解の増進を主目的とする立法を掲げた。当事者は「差別解消と理解促進は車の両輪。一歩ずつ進めて」と訴える。

「苦しんでいる人が本当に救われる法律をつくってほしい」。五月中旬、東京・永田町の衆院議員会館で開かれた超党派議員連盟の会合。当事者団体「LGBT法連合会」事務局長の神谷悠一さん(31)は真剣な表情で与野党議員に迫った。

二〇二〇年の東京五輪を視野に、自民党馳浩文部科学相を会長に発足した議連だが、与野党の異なる方針を前に超党派での取り組みに亀裂が走っていた。

与野党の溝は埋まらず、五月末には民進党共産党社民党、生活の党が差別解消のための法案を国会に提出した。自民、公明は別の法案を模索している。

小学校からしぐさやしゃべり方を理由にいじめられ、友人の自殺も経験した神谷さん。「理解を広げることは大切だが、何が当事者にとっての困難や問題なのか明確にし、差別を禁止する制度も必要だ」と説明する。

六月十二日には、同性婚を認めるなどLGBTの権利拡大が進む米国の同性愛者向けナイトクラブで銃乱射事件も起きた。

「困難を抱える当事者の立場に立ち、もう一度超党派で取り組んでほしい」と神谷さんは期待を寄せる。

同性カップルへの対応では、社民は同性婚の実現を公約に明記し、共産も全ての自治体で渋谷区のような条例や施策の実現を目指すとしたが、自民は慎重な姿勢を崩していない。

LGBTへの理解を進める渋谷区の認定NPO法人代表松中権(ごん)さん(40)は「当事者の一人として、同性婚の実現の難しさを感じている。これからも具体的に『同性婚が必要だ』という声や困っていることを発信していきたい」と話した。

<LGBT> 同性愛のレズビアンとゲイ、両性愛バイセクシュアル、生まれつきの性別に違和感を持つトランスジェンダーの頭文字を取った性的少数者の総称。学校や職場での差別が問題となり、多様な性の在り方への理解が必要だとされている。

電通が2015年に7万人を対象にした調査では、20~59歳の7・6%を占めた。LGBTに当てはまらない人も含め「性的指向性自認」の略称として「SOGI」という言葉も使われる。

東京新聞より)

 

いじめられた、か。

 

ウチの相方は小学生の頃から

仕草が女の子っぽかったみたいで、

それはそれはかなりひどいいじめにあってたと言う。

 

僕は小学校1年生の時に転校して、

変な名字のチビといつもいじめられていた。

毎日学校へ行くのが嫌で仕方なかった。

 

毎日、お腹が痛くなった。

 

そして、

チビで運動音痴のクセに、

妙なとこの成長だけが早かった。

 

陰毛である。

 

トイレで覗きこまれて、

「こいつもう生えてる!」と笑われて

(そんな時代だったのです)

羽交い締めにされてパンツをずりおろされたことだってある。

 

若い世代は知らぬかもしれないが、

昭和の終わり頃、

中野・富士見中学いじめ事件というのがあった。

 

中学2年生の少年が、

いじめを苦に自殺した事件だ。

ネットを調べればいくらでも出てくる。

 

彼の方が僕よりほんの少しだけ年上で、

当時はそれなりに大騒動だった。

 

僕も「こんな方法があるのか」と思い、

実際に遺書も書いて、

真似しようと思ったけど、

できなかった。

 

でも、今は生きててよかったと思う。

 

この事件に限らず、

僕の世代は「いじめ」に関する事件と生きてきた、

そう言ってもいい。

 

どれだけニュースになろうが、

「いじめ防止法」ができようが、

いじめは形を変え姿をかえ存在する。

 

昨今のいじめに関するニュースを見れば、

僕の時代なんて分かりやすかったのかなと思う。

 

自分がホモだと気づいた時も、

悩んだし苦しんだけど、

今となれば笑い話だ。

 

よく分からんのだが、

活動家がいうLGBT差別防止法がある諸外国の子どもたちは、

男子で女子っぽい仕草をしたら、

いじめられないっていう現実があるのかね。

 

諸外国にはいじめなんて存在しないのかね。

 

話は変わる。

 

7月1日、大阪でヘイトスピーチ条例が施行された。

さっそく、一部の在日の方々が被害を申し立てたという。

 

特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の抑止策を盛り込んだ全国初の条例が1日、大阪市で施行された。

在日コリアンなどでつくる市民団体が同日、インターネット上に投稿されたデモや街宣活動の動画などについて、条例に基づき被害を申し立てた。

被害を申し立てたのは「ヘイトスピーチを許さない!大阪の会」(大阪市生野区)。

1日時点でネット上に公開されている動画や差別的表現を書き込んだブログ記事、掲示板などが該当するとしている。

同会は申し立てに先立ち市に要望書を提出し、ヘイトスピーチを行うことが明らかな団体・個人に施設利用を認めないことなどを求めた。

日経新聞より抜粋)

 

僕はこの大阪市の条例にしろ、

国の法案にしろ、

結局は在日の方々と日本人の溝を深めるにすぎないと思う。

 

どんなに法律でしめつけたとしても、

人々の意識なんて変わらないからだ。

 

ヘイトスピーチが禁じられれば、

やり方が陰湿になるだけだろう。

 

で、冒頭のLGBT条例である。

 

どんなに言論を封じたところで、

理解できない限り人々の意識なんて変わらない。

 

だからこそ、

LGBT差別防止法なんてできれば、

言論を封じられるだけ陰湿になると思う。

 

そもそも、だ。

僕らはホモだからと言って、

この日本において迫害を受けることもない。

ヘイトスピーチをやられる訳でもない。

投獄される訳でもない。

 

諸外国においては、

宗教上の理由云々で、

同性愛者は色んな意味で追いやられてきた。

 

だからこそ、同性愛者は闘わねばならなかった。

 

けど、日本においては何らその必要はなかった。

だいたい日本には昔から「男色」なんて言葉があるし、

薔薇族なんて雑誌は僕が生まれる以前に創刊されている。

 

ある意味同性愛者にとっては、

世界で一番生きやすい国なんだろうと思う。

 

欧米の同性愛者は社会と闘ってきた。

アフリカの某国なんて同性愛者っていうだけで、

終身刑にされちゃうンだよ。

 

けど、日本の同性愛者は闘う必要もなかった。

法律で禁じられている訳でもない。

 

欧米諸国の同性愛者が同性婚なりを勝ち得たのは、

それなりの苦難の歴史があったのだ。

けど、日本にはそんな苦難の歴史もない。

 

そもそも考えてみなよ、

「カミングアウト」って言葉、

クローゼットから出る、そんな意味だけど

これって日本語に直訳できないよね。

 

LGBTが大好きなカタカナ英語は、

ほとんどが一応直訳できる日本語があるけれど、

カミングアウトだけは直訳できる日本語ってあるの?

知らないの僕だけ???

 

活動家の方々は

カミングアウトすることを前提として

あーだこーだ言ってるけど、

これを直訳できる日本語が存在しないってことは、

もともと日本人に向いていない行動、と言える。

 

だから、

日本においてはカミングアウトなんて必要ないンだよ。

だって、

当事者たちが必要と感じてないンだもん。

 

これを「カミングアウトできない」なんていう輩が現れて、

また「カミングアウト」がかくも美しい話みたくなって、

意識させることにより当事者たちを、

特に苦しんでる方々を余計に息苦しくさせていた、といえる。

 

カミングアウトなんて、

人にそそのかされてやることじゃない。

必要ならやればいいだけの話だ。

職場においても性的嗜好なんて一切関係ない。

 

日本なら、同性愛者であろうと、

迫害を受けることもないし、

射殺されることもない。

 

(新木場事件なんて、屋外でのハッテン行為なんていうホモ特有の行動こそ非難されるべきだと思う。亡くなった方のご冥福はお祈りしています)

(府中青少年の家事件、当事者が同性愛者であるといわなければそもそも事件にならない)

 

こんなシアワセなことはないンじゃないのかね。

 

さて、

 

つうか、

ま、僕と相方なんてもう3年ばかし一緒に暮らしてて、

賃貸だからペットを飼うわけでもなく、

晩飯を食べ終えたら、

テレビをつけたまま、

相方はスマホiPadの両刀使いでゲームやってるし、

僕も本を読んだりパソコン叩いたりして、

それぞれの時間を過ごしているけれど、

そんな2人がついテレビに見入ってしまった瞬間があった。

 

www.youtube.com

 

このCM見て改めて思った。

 

色々あれど、

たまーに海外とかも行くけれど、

やっぱり僕は日本人でよかったと。

 

しんどいことなんていくらでもあるさ。

でも、

僕らが生きてるのは、

こんな美しい国なんだよ。

 

僕はホモだけど、

日本人であることを誇りに思ってる。

 

そして現に今現在、

この美しい国が、

周辺諸国の侵略を受けようとしているのだ。

(実際に侵略されている)

 

そろそろ脳天気なホモも

自分さえ楽しければいいっていう考えから抜けだして、

気づく必要があると思ってる。

 

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