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うちの旦那はオネエさま

地方在住、ホモのひとりごと

ホモであることについて悩んだら

人間、生きてると悩みは尽きない。

 

我が家では家事を分担しているが、

食事は僕の担当なもので毎日のメニュー作りに悩んでいる。

そんなもん「悩み」とは言わんわい!!

なんて突っ込まれそうであるが、

僕にとっちゃ切実な悩みである。

 

さて、僕は小学生の頃から背が低いことに悩んでいた。

背の順で並ぶと常にいつも先頭だ。

毎日必死で牛乳を飲み、

鉄棒にぶら下がり、

「背が伸びる」なんていう怪しげなサプリに手を出し

現在もまだ背が低いままでいる。

 

僕は小学生の頃、自分の名字に悩んでいた。

あえて書かぬが相当変わった名字で、

親戚以外で同じ名字の方に会ったことなど未だにない。

その名字でよくからかわれた。

母方は全国どこでも見かける普通の名字である。

親が離婚したら絶対母親についていくと思ってた。

 

僕はどうしようもなく運動音痴である。

特に球技が苦手で悩んでいた。

投げる、受ける、打つ、全部ダメである。

体育の時間など恐怖で仕方なかった。

 

そんなもので小学生の頃、僕の悩みは主だって3つあった。

チビで名字が変わっていて運動音痴。

それなりにいじめられたりもした。

かなり内向的な少年だった。

 

そんな悩みは中学校に進学してから消え去った。

 

僕が通う中学校は部活に入ることが強制だった。 

絵もかけないし、楽器もできない、

囲碁将棋もできない、球技もできないと除外していって、

唯一人並みにできたのが泳ぐことだったもので

水泳部に入った。

 

この水泳部の顧問というのが、

かなりの変人というかマイペースな方であった。

 

美術の先生だったけど特に何を指導する訳でもない。

生徒に絵を書かせておきながら自分は何故かスクワット(笑)

出勤はジャージ姿で毎日学校までランニング。

たまに車で来るととんでもなくオンボロの車で現れたりする。

そして僕以上にかわった「名字」の方であった。

 

誰に何を言われても一切気にしない、

まわりの先生方からも生徒からも白い目で見られる存在だったのだが、

僕は不思議とこの先生とウマがあった。

時折飯にもつれていってくれた。

でも絶対におごってはくれなかったけど(笑)

 

この先生との出会って良かったと思えるのは

「悩みの大多数は見方を変えれば解決する」

ことを教えてくれたことだ。

 

背が低いことも、

名字が変わってることも、

球技が苦手なことも、

すべて、

「それでええやん」

 

「背が高くなりたいって、じゃ、何センチになりてーの。冷静に考えてみろよ、俺、180あるけれど背が高いなんて全然メリットなんかないぜ。しょっちゅう頭ぶつけるしさ。おめーの方がよっぽど羨ましいよ」

まさに目からうろこ。

背が低くて悩んでいたのがバカバカしくなる瞬間だった。

 

「俺も名字かわってるから小学校の時はすんげー嫌だった。でも今ならすぐ名前覚えてもらえるしラッキーだよ」

これまた目からうろこ。

 

「球技?俺もそんなのできねーよ。でも何かひとつでもできればええやん。あいつ球技はできねーけど水泳はすげんだよな、とか。腕立て伏せが100回できるとか、何でもいいんだよ。できなーことをやるよりできることを伸ばした方がよっぽど楽だよ。それだけでまわりの見方なんてコロッと変わるよ」

 

この考え方はとても理にかなっているように思えたし、

社会人になってからも

「チビで名字が変わってる」というのは

僕にとっては大きな武器になった。

「小さくて変な名前の〜」なんて自己紹介をすれば、

初対面の相手でも一発でおぼえてもらえる。

 

ま、実際にチビであるのは楽である。

苦労するのは満員電車が息苦しいことと、

高い場所のものをとれないことくらいであろう。

 

満員電車はどうしようもないと割り切っているし、

それが嫌で地方で住んでるのもあるからそれで解決。

高い場所のものに関しては低い場所に置けばいいだけだ。

 

本屋さんでは欲しい本に手が届かずに苦労したりすれど、

店員さんに頼めばいいだけの話だし、

となりで立ち読みしてた美しい若者が

そっととってくれたりして、

ついうっとりしてしまうことだってある。

 

僕は厨房で仕事を多くする機会があったが、

皿洗いしてても野菜切ってても、

背の高い子は腰を曲げ、常に辛そうにしている。

僕は真っすぐ立って仕事ができるからいつも

「背が高いって大変だなー」と気の毒に思う。

 

要するに悩みの大多数は見方をかえれば解決する。

デメリットだと思っていたことがメリットになる。

 

その後の人生色々あれど、

何だかんだで楽しく過ごせてるのは

この先生との出会いがあったからだと感謝している。

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この悩みの解消法は、

その後「オレば男にしか興味がない」と気づいた時にも

多いに役に立った。

当初は「まずい」「どうしよう」と真剣に悩んだものである。

ネットもない時代である。

もうパニック状態に陥った。

 

クラスメートがまわしてくれるエロ本を見てもまったく興味がわかない。

エロビデオを見ても男優にしか目が行かない。

クラスメートの裸が気になる。

体育の着替えの時とか、身体測定の時とが、

もうドキドキして仕方ない。

(この点、水泳部の僕はパラダイスだった・笑)

 

えー、オレってもしかしてホモなのかな、

そんなの口が裂けても言えねーよ、

この先どうやって生きてけばいいんだよ、

え、でもオレってあんなオカマみてーな言葉使わねーよな、

オレは一体何者なのだ!!!

 

悩んでしまっていると、

どうしても負のスパイラルに入ってしまう。

「あー、ばれたらどうしよう。隠さなきゃ、隠さなきゃ!!!」

そう考えるとどんどん深みにはまっていく。

 

そのうちホモ雑誌を手に入れて、

自分はホモであると確証を得た。

「それでええやん」と考えることはできた。

だけど、僕はそんな自分をずっと否定していた。

 

うちは両親も妹も結婚が早かったから、

20代で結婚するのはあたりまえのことだと思ってた。

ホモであるのは分かっていたのにも関わらず

女性と結婚せねばと思っていた。

もう笑い話である。ハチャメチャだ。

 

そんなもので思うのです。

ホモであることを悩んでいる方は、

自分を「ホモ」であると認めていますか。

自覚はあれど、認めていないのではないでしょうか。

何処かで拒絶していませんか。

 

おそらく男性に性的指向があるだけと言う方なら

まだ悩みは小さいと思う。

いまどき性処理も容易いですし、

結婚しない男性も多くなってきたからたいして目立ちもしない。

 

変な話ですが黙ってりゃいいだけです。

こういった方々を同性愛者に含めるのか、

僕には正直いって分からない。

 

でも一度でも男性を恋愛対象で見てしまうと、

告白もできず、とにかく苦しくなる。

誰にも相談できない、どうしよう、と

一人で悩んでしまう。

 

僕は15年くらい、そんな日々を過ごしてしまいました(笑)

そんなものでホモの世界にデビューしたのは30歳手前です。

 

一度でも恋愛対象として見てしまうと、

どうしてもホモであることをネガティブに考えてしまう。

ホモって生きづらいよな〜

とか、そんな感じで。

 

でもホモであることを受けいれていないから、

ホモのコミュニティは扉を開けて待っているにも関わらず、

絶対に参加しない。

そんでもって一人で悩んでしまう。

ホモであることを受け入れられない要因って何だろう。

 

それはきっと、誤ったイメージだと思う。 

同性愛者=ホモ=オカマ=気持ち悪い=アナルセックス=HIV

そんなイメージではなかろうか。

 

そういったイメージが、

自分がホモであることを否定する要因になってはいないだろうか。

僕自身はそうだった。

 

でも、そんなの、マスコミが創りだしたイメージにすぎない、

それに気づいたのは随分後の話だ。

 

テレビをつければオカマキャラのタレントが連日現れて、

オネェ言葉でしゃべってる。

それが多くの日本人が持ってる男性同性愛者=ホモのイメージだと思う。

 

でも、それは違う。 

多くのホモはフツーの格好をして、

フツーに喋ってる。

見た目は異性愛者と何らかわらない。

そのような方を取材してもテレビ的には面白く無いから映さないだけだ。

日本ではカミングアウトが一般的でない以上、

取材を受けた所で顔出しNGだろう。

 

そんなものでホモ=フツーの男である、

そんなイメージが湧いていないだけの話だったのだ。

だいたい悩んでるあなた自身も

恐らくフツーの格好をしてフツーのしゃべり方をしてると思われる。

無論、多少の例外はあるかもしれないが。

 

アナルセックスのイメージがあるなら

それは単にエロ動画の見過ぎであろう。

僕自身がそうだった。

ホモ=アナルセックス、そう信じてた。

自分には絶対無理な世界である。

ホモ=気持ち悪いに通じている部分でもある。

 

けど違った。

ネコやタチ、リバなんて言葉があるように

当然そのような行為を好む方もいるが、

好まない方もいる。

人それぞれなのだ。

 

ちなみに僕は未だに全く興味がない。

やだよ、あんなの。

 

続けてHIV

ホモ=HIV、僕はそう信じていた。

ホモのHIV感染率が高い、そんな話は昔からある。

実際にそうなのかもしれない。

 

ただ、

この場で比較する話でもないが、

福島の子供たちに甲状腺がんが多く見つかった、

なんて報道が先日あった。

 

でも冷静に考えれば原発事故が起きた福島の子供たちだけを

徹底的にがん検査した結果であるから当然であろう。

全国の子供たちを検査しての比較なら分かる。

けど、違うよね。

 

要するにマスコミが原発はケシカラン、

そんなふうに世間を誘導してるだけとも言える。

 

HIVだってホモは病気に対する意識が高いから、

検査を積極的に受けているだけの話ではないか。

僕も受けているし相方も受けている。

多くのホモの友人たちも検査を受けている。

 

ところがノンケの友人の中には

年中風俗遊びに精を出している奴もいるが

聞いてもHIV検査を受けたことがある奴など一人もいない。

(あくまで僕のまわりの話です)

 

いかがなもんでしょうか。

何か感じていただけませんでしょうか。

 

そうやって考えていけば、

ホモであることを拒絶する要因なんて、

ひとつずつ解決していくと思うのです。

 

ホモであることを拒絶してしまう要因もう少しみてみよう。

 

ホモって結婚もできないし、子供もできない。

ま、その通りである。

 

なら嫌な書き方ですがこうも考えてみませんか。

実際に結婚生活をエンジョイしている人間が

はたして自分のまわりにどれほどいるか。

 

ま、新婚初期などはそれなりに幸せそうに見える。

では数年後はどうか。

 

僕の友人の大多数は「家族のために」仕事をしている。

自分のためではない。

そして「給料が少ない」「息子の大学進学に金がかかる」と、

日々安酒飲みつつ愚痴をこぼしている。

 

「子供が出来たからタバコをやめた」

「ビールが発泡酒になった」

世代的に家のローンにも追われ、

必死である。

 

そんな感じでみていくと、

僕のまわりで結婚して幸せそうにやっている奴なんで

案外誰一人もいないのでは、そんな気さえしてくる。

会って口を開けば「大変だ」の一言だ(笑)

 

無論、それが「やりがい」「生きがい」に通じているであろうから、

僕はそんな彼らを絶対に否定しない。

家族のために一生懸命働く。

それはそれで素晴らしいことだと思う。

僕も相方がいるからこそ一生懸命になれる。

 

でも僕はノンケの友人の大多数にカミングアウトしてるから、

「おめーはいいよな、好き勝手やれて」

なんてよく言われる。

好き勝手やってるつもりなど全くないし、

毎日大変なんだよと腹立たしくなったりもするが

「そーだろ、ふふふ」と笑ってやることにしている。

 

悩んでいると

何でもついつい悪いことばかり考えがちだけど、

ちょいと色んな見方、考え方があるんだ、

そんなことに気づいて欲しい。

 

そもそも

日本では法律上、同性愛者は存在しないことになってるが、

裏を返せば禁止もされていないことである。

そんな訳で法を犯している訳でもない。

 

WHOの治療対象からも同性愛は外された。

そんなもので病気でも何でもない。

LGBTセクシャルマイノリティだ、

難しい言葉を思い浮かべる必要なんていっさいない。

 

まわりにいない、孤独だと感じるのは

自分をホモと認めることができず、

行動していないからだと思う。

 

行動していないから

まわりに多かれ少なかれ仲間がいるにも関わらず、

その存在に気付くこともない。

  

数%だろうが、少数者だろうが、現にいるのだ。

僕にしろ相方にしろ、この北陸の小さな街に。

フツーの格好をして、フツーに喋って、

フツーに仕事をして生きている。

 

どうでしょう、少しは自分を認めてやれませんか。 

自分を「ゲイである」と認めることができたら、

それができれば次のステップ「行動」に移してみませんか。

 

実際にホモの方と会ってみる。

本当はゲイバーに行って色んな人間に会うのをオススメしたいが、

ホモの方がやってる美容院なんてのもある。

一度そういった場所で実際にホモの方に会ってみる。

 

SNSで1対1で会うのはどうかと思いますが(笑)

 

実際に会ってみれば、

それまでもってた色んなイメージが覆されるはずだ。

何でもそうだけど、

やはり行動に移さないと、なかなか変わらない。

  

まずは一歩踏み出して仲間がいることを知る。

 

ホモであることを悩んでいる方へ、

まとめになりますが、

こんなふうに考えてみませんか。

 

俺、男を好きになっておかしいって思ってたけど、

別に病気でもないんだし、犯罪でもない、

誰に迷惑をかける訳でもない、

そもそもおかしいことなんてないんだよな。

 

結婚もできないし、子供もできない。

その分、自分はやりたい仕事を自分のためにやろう。 

 

子供はできないけれど、

その分甥っ子や姪っ子、友人や同僚の子供の遊び相手になってやろう。

割りきってできることをしてやればいい。

 

できない部分はできないと割りきって、

やれる範囲のことを精一杯やる。

カミングアウトだって、別にやる必要はないと僕は思います。

親にいわなきゃ、なんて考えるとプレッシャーになりますが、

いわないという選択肢だって当然ある訳です。

何もわざわざハードルを増やすことはありません。

 

ホモであることを悩んでも、

ホモはホモのままです。

薬を打たれても電気ショックをやられても変わらないでしょう。

だからここは割り切る。

 

その悩みをホモとしてどう生きていくかに切り替えてみませんか。

 

きっと見える世界が違ってきます。

15年間悩み続けた僕の思いです。

僕はスーパーに行った。

ご飯を作るというのは僕にとって最も重要な仕事である。

うちの旦那は、うまいものはぺろりと食うが、

口にあわぬと途端に箸がとまる。

毎日がプレッシャーである。

 

「相方はシチュー食いたいって言ってたなー、シチューやカレーって料理をしない男は簡単でいいだろっていうけど、あれは主婦の感覚を分かっていないよな。色んな具切って炒めて煮込んでなんて面倒くさいし高くつくし、、、緑のものいれないと美味しそうに見えないし、、、あー、ブロッコリー高い!やっぱ今日はシチューはパス。えー、今日キャベツ258円もするの!?こんなの高すぎて買えない。明日の弁当の隙間、どうやって埋めよう。あ、水菜が98円か、これでいいや。えーっと今日の晩ごはんは、、、」

 

てな感じで僕はスーパーの片隅で毎晩悩んでいる。

毎日のことなのでかなり深刻かつ重大な問題である。

財布の中身ともども毎日頭が痛くなる。

どなたか助けてください。

 

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